この記事の結論(3行要約)
- ANAの本質は「楽天」である:マイルを貨幣として流通させ、広大な「経済圏」でユーザーを囲い込むモデル。成長率は高いが、インフレ(予約困難)も激しい。
- JALの本質は「メガバンク」である:ポイント=負債という規律を持ち、富裕層には手厚く、庶民には堅実な出口(現金化)を用意する安定志向モデル。
- フェルミ推定の結論:ANAの「マイル通貨発行量」は「座席供給量」の3倍以上のペースで成長しており、構造的にインフレは避けられない。
もしあなたが、「特典航空券の枠の多さ」や「マイルの貯まりやすさ」といった表面的なスペックだけで航空会社を選んでいるとしたら、それは少しもったいないことかもしれません。
私はこれまでに70万マイルを貯め、使いきってきました。その過程でハッキリと見えてきた真実があります。
それは、ANAとJALは「航空会社」という皮を被った、全く別の「金融機関」であるということです。
2026年、日本のポイント経済は大きな転換点を迎えています。VポイントとTポイントの統合、楽天の改悪ラッシュ、そしてPayPayの覇権。この戦国時代において、マイレージプログラムもまた、単なる「おまけ」から「国家予算並みの規模を持つ疑似通貨」へと変貌しました。
この記事では、皆様を「空の旅」ではなく「金融の旅」へとお連れします。
ANAという名の「拡張し続ける帝国」と、JALという名の「堅牢な中央銀行」。
この2つのシステムの裏側にある社会構造を、フェルミ推定(※各数値はIR資料等に基づく推計)を用いて解き明かし、あなたがどちらのシステムに身を委ねるべきか、旅行者としての現場視点で分析してみたいと思います。
構造分析:なぜANAは「枠」がなく、JALは「高い」のか
多くのマイラーが抱く2つの大きな不満があります。
「ANAのハワイ特典航空券は、なぜ一生取れないのか?」
「JALの特典航空券は、なぜ必要マイルが変動して高くなるのか?」
これらは「運が悪い」わけでも「意地悪」なわけでもありません。両社の「金融戦略」の必然的な帰結なのです。
ANAの本質:マイルを「貨幣」にする(楽天化モデル)

ANAの戦略は、楽天グループに非常に似ています。彼らの目的は「ANA経済圏(ANA Pocket, ANA Pay, ANA Mall)」への完全なロックインです。
ANAにとって、マイルは「飛行機に乗るためのポイント」にとどまりません。「ユーザーを自社サービスに縛り付けるための通貨」なのです。だからこそ、ANAはマイルをばら撒きます。ソラチカカード、東急ルート、そしてみずほルート。これらはすべて「通貨発行量を増やす」ための金融緩和政策(Quantitative
Easing)と言えます。
しかし、通貨を大量に発行すればどうなるでしょうか? インフレが起きます。現実社会なら物価が上がりますが、マイルの世界では「特典航空券の価値」は固定されている(と信じられている)ため、歪みが生じます。
結果、何が起きるか。「商品(座席)の欠品」です。
60万席しかないハワイ便の椅子に対し、緩和マネー(マイル)を持った1,000万人が殺到する。これが「ANA特典が取れない」構造的理由です。ANAは意図的にインフレを起こし、その熱量で経済圏を回しているのです。
JALの本質:ポイントを「負債」とする(銀行化モデル)

一方、JALの戦略は三菱UFJ銀行に近いものがあります。彼らはかつて経営破綻を経験したリアリストです。彼らにとって未消化のマイルは、将来の収益を圧迫する「巨大な負債(Contract
Liability)」でしかありません。
破綻の教訓を持つ彼らは、負債(マイル)が膨らみすぎることを極端に恐れます。
だからJALは、マイルの価値を厳格にコントロールします。その象徴が「特典航空券PLUS(変動マイル制)」です。「申し込みが多ければ、必要マイル数を引き上げる」。これは、需要に応じて金利を上げる中央銀行のオペレーションそのものです。
JALのマイルは「取りやすい」のではありません。「高い金(マイル)を払えば買える」だけです。ここに夢はないかもしれませんが、嘘もありません。JALは金融規律を保ちながら、システムを維持しているのです。
なぜ予約は取れなくなるのか?経済圏成長率のフェルミ推定
では、この両者の違いが将来どうなるか、数字で予測してみましょう。
「ANAの予約困難」は一時的なものなのか、恒久的なものなのか?
ステップ1:ANAマイル総量の成長率(通貨供給量)
- ANAカード会員数: (推計)約300万人(ANAホールディングスIR資料より推定)
- 1人あたり決済額: (仮定)年間100万円 → 毎年5%成長(キャッシュレス化の進展)
- 非航空系マイル流入: ポイ活、電力、銀行など。これは年率10%以上で成長しています。
- 推計: ANAマイルの総発行量は、年率約5〜8%で増え続けています。
ステップ2:座席供給量の成長率(実体経済)
- 保有機材数: 航空機の納入は世界的に遅延しており、急激な増便は望めません。
- ハワイ路線の便数: 成田・羽田の発着枠は限界に近く、これ以上の増枠は物理的に困難です。
- 推計: 座席供給量は、年率1%未満(ほぼ横ばい)です。
ステップ3:インフレ・ギャップの証明
マネーサプライ(マイル)が年8%増え、GDP(座席)が年1%しか増えない世界。
- 5年後の未来: マイル保有量は現在の1.5倍になりますが、座席数はそのままです。
- 結論: 予約競争率は、現在よりさらに1.5倍厳しくなります。
「いつか予約が取りやすくなる」という希望は、数理的に否定されました。
ANA経済圏が成功すればするほど、特典航空券は「プラチナチケット化」し、一部の上級会員(ダイヤモンド)しか手が届かないものになる。これが冷徹なシミュレーションの帰結です。
社会学的アプローチ:あなたはどちらの市民になるか?

さて、ここからが本題です。この2つの「国」のどちらに住むべきか? それはあなたの人生観によります。
ケースA:ANA帝国市民に向いている人
- 属性: ギャンブラー、戦略家、独身〜DINKs
- 思考: 「0.1%の可能性でも、最大の利益(ファーストクラスで世界一周)を狙いたい」
- 行動: SFC修行を行い、355日前の争奪戦に参加し、複雑なルート構築(計算)を楽しむ。
ANAは、勝者には手厚いです。システムをハックし、競争に勝った者だけが、1マイル=10円以上の価値(ファーストクラス)を享受できます。これは極めて資本主義的で、能力主義の世界です。
ケースB:JAL銀行顧客に向いている人
- 属性: 富裕層、子育て世帯、忙しいビジネスマン
- 思考: 「面倒なことは嫌だ。いつでも好きな時に、確実に行きたい」
- 行動: JGCに入会し、繁忙期でも多少割高なマイル(PLUS)を払って席を確保する。
JALは、金持ち(マイル持ち)には正直です。「対価さえ払えば席を用意する」。そこには抽選も早い者勝ちもありません。あるのは市場原理だけです。これはストレスフリーですが、マイル単価という「ロマン」は犠牲になります。
Cinemile流「出口戦略」:第三の道の希望(Hope)
ここまで読んで「どっちも絶望的じゃないか」と思ったあなた。
その感覚は正しいです。だからこそ、我々は「第三の道」という希望を模索する必要があります。
それが、このCinemileで提唱し続けている「ハイブリッド戦略」です。
希望の戦略①:マイルの「通貨分散」
ANAマイル一本足打法は危険です。かといってJALだけも寂しい。
ならば、マリオットボンヴォイアメックスのような「可変ポイント」を持つのが正解です。
このカードのポイントは、使う瞬間にANAにも、JALにも、ユナイテッドにも、ブリティッシュ・エアウェイズにも交換できます。
「ANAが満席ならJALで」「JALが高いならユナイテッドで」。
このように、状況に応じて最適な通貨を選べる「スワップ能力」こそが、乱世を生き抜く最強のスキルです。
希望の戦略②:マイルに固執しない「LCC×高級ホテル」
「マイルで得すること」が目的になっていませんか? 本来の目的は「素晴らしい旅をすること」はずです。
国際線価格ハックの記事でも解説しましたが、時にはLCC(ZipAirなど)を使って移動コストを下げ、浮いたお金でリッツ・カールトンに泊まる。
マイルを使わない勇気を持つことで、逆に旅の質が上がることだってあるのです。
例えばロケ地巡りの旅。「グラディエーターII」の舞台マルタ島へ行くのに、無理にスターアライアンスで固執するより、経由地の安いチケットを買って、浮いたお金で現地のツアーに課金する。
「マイルも使えるし、現金も使える」。この二刀流こそが、真の自由(Cinemile流の在り方)です。
マイルを銀行口座の残高のように「貯め込む」ことだけはやめましょう。フェルミ推定で示した通り、インフレ率は年々加速しています。あなたの100万マイルは、3年後には実質80万マイルの価値しかなくなります。使いましょう。今すぐにです。
結論:楽天パンダの夢を見るか、銀行のATMになるか
- ANAマイルとは
- 「宝くじ付きの定期預金」です。当たればデカイ(ファーストクラス)ですが、満期(有効期限)までに引き出せる保証はありません。
- JALマイルとは
- 「手数料の高い外貨預金」です。いつでも引き出せますが(空席あり)、レート(PLUS)は常に変動し、目減りするリスクがあります。


あなたはどちらの金融商品を買いますか?
私(70万マイル保有)の答えはこうです。
「メインバンクはJAL(確実性)、投資用口座はANA(夢)、そしてヘソクリは外貨(Marriott/Delta)で持つ」
これが、歪んだマイル社会を生き抜くための、少しシニカルですが、唯一の生存戦略(希望)なのです。
金融商品としての違い、なんとなく伝わりましたでしょうか。
まあ、小難しい話をしましたが、結局のところ僕らがマイルを貯める理由はひとつ。「映画の主人公みたいな旅がしたい」、それだけですよね。
この連載「マイレージ社会学」では、そんな夢を賢く叶えるための、少しシニカルな透視図をまとめています。
他の記事も覗いてみてください。一緒に、この無理ゲーなマイレージ社会を生き残りましょう。
連載:マイレージの死骸を超えて(全11回)





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