【未来予測】マイルのシンギュラリティ2030:1兆円の「埋蔵マイル」と7500万人の格差社会

Singularity of Mileage: Digital collapse of 1 trillion yen debt

この記事の結論(3行要約)

  • 1兆円の正体:ANA・JALが抱える「契約負債(未消化マイル)」は両社合計で約1兆円。これをマイル数に換算すると約6,400億マイルに達し、もはや全会員が使い切ることは物理的に不可能です。
  • マイル貧富の格差:フェルミ推定によると、全会員の平均保有マイルは8,500マイルですが、上位1%の「富裕層」は平均34万マイル(ハワイ10往復分)を保有しており、彼らだけで向こう数年分の特典枠が埋まっています。
  • 2030年の希望:マイルの価値は「1円」に収束する「ダイナミックプライシング」へ移行します。夢(錬金術)は消えますが、ブラックアウト(除外日)も消滅し、真の自由移動時代が到来します。

「いつか、マイルでファーストクラスへ。シャンパンを片手に、雲の上で優雅なひとときを」

この美しく、そして残酷なキャッチコピーに、私たちはどれほどの時間と情熱とお金(クレジットカード決済)を捧げてきたのでしょうか。
この連載をここまで読破されたあなたなら、この言葉がもはや「昭和の定期預金神話」と同じくらい、現代においては成立し得ないファンタジーであることを、薄々感づいているはずです。

最終回となる今回は、少し視点を上げて、「世界線(Timeline)」の話をしましょう。
ANAとJALの決算書(Fact)から導き出される2030年の未来。
それは、マイルに夢を見すぎた人にとっては「信じたくない絶望」かもしれませんが、冷静なリアリストであるあなたにとっては「ルール変更を先読みできる、最高に面白い遊び場」になるはずです。

さあ、マイルのシンギュラリティ(金融的特異点)へようこそ。
ベルト着用サインが消えることは、恐らく二度とありません。

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衝撃のフェルミ推定:私たちはいったい「何マイル」溜め込んでいるのか?

Future Airline Subscription Model
未来予測:ステータスは「実績」ではなく「課金」で買う時代へ

すでに、記事7で、航空会社のバランスシートに計上されている「契約負債」が、ANAとJAL合わせて約1兆円あるという話をしました。
しかし「1兆円」と言われても、国家予算レベルの話でピンときませんよね。
これを「リアルなマイル数」「人間の欲望」に変換してみましょう。すると、戦慄すべき事実が浮かび上がってきました。

数字で見る「マイル・バブル」の全貌

まずは基礎データの整理です。これは航空会社の有価証券報告書と、一般的なマイルの評価額から逆算した推計値です。

  • ANA/JAL合計負債: 約9,640億円(FY2025予測ベース)※出典:記事7のFY2024実績(約8,500億円)から、近年の増加トレンドを加味した推計値。
  • マイルの帳簿価格: (仮定)航空会社は負債を「1マイル=1.5円」程度で評価していると仮定(特典航空券交換時のコスト引当基準およびJALのe JALポイント換算率1.5倍を参考)
  • 市場に眠るマイル総量: 9,640億円 ÷ 1.5円/マイル = 約6,400億マイル

6,400億マイル。
これが、今この瞬間に、日本のどこかで誰かのスマホアプリの中に眠っている「未使用マイル」の総量です。
地球と月(約38万キロ)を往復するには何マイル必要でしょうか? 距離換算ではありませんが、この膨大なマイルは、もはやとてつもないエネルギーを持った「マグマ」のように地底に溜まっています。

「マイル・ジニ係数」:平等な空など存在しない

次に、この6,400億マイルがどう配分されているかを見てみましょう。
日本のマイレージ会員数は、ANA約4,400万人、JAL約3,000万人(推定:各社決算資料の会員数データより)。重複会員を考慮しても、延べ約7,500万人の口座が存在します。

A. 平均的な日本人(The Average)

  • 6,400億マイル ÷ 7,500万人 = 約8,500マイル

「えっ、それだけ?」拍子抜けしましたか?
そう、これが平均の罠です。8,500マイルでは、東京〜大阪の片道航空券(レギュラーシーズン)にも足りません。
世の中のほとんどのライトユーザー(年1回帰省する程度の人々)は、数千マイルを貯めては、使い道がなく期限切れで失効させているのです。
この「死にマイル」こそが、航空会社の利益の源泉(失効益)であり、マイレージプログラムを維持するための養分となっています。

B. 上位1%の「マイル富裕層」(The Whales)

ここで、パレートの法則(80:20の法則)よりもさらに極端な、現代の資産格差(1%が富の多くを握る)を適用してみましょう。
ポイ活、出張族、経営者……彼ら「ガチ勢」は、マイルを貯めることに命をかけています。

  • (仮定)上位1%(約75万人)の会員が、市場全体のマイルの40%を保有していると仮定します。(世界の富裕層資産シェアの統計およびロイヤリティプログラムの典型的な分布に基づく)
  • 保有総量:2,560億マイル
  • 1人あたりの保有量:2,560億マイル ÷ 75万人 = 約341,000マイル
Mileage Wealth Disparity Pyramid: 99% vs 1% Elite
図:マイル経済圏における富の偏在(フェルミ推定による試算)

見えてきました。真犯人が。
この「平均34万マイルを持った75万人」の存在が。

34万マイルあれば、何ができるでしょうか?
ハワイ往復ビジネスクラス(レギュラーシーズン目安:6万〜6.5万マイル)なら、約5回分です。
夫婦で行くなら2.5回分。家族4人なら全員でハワイへ行けます。

彼ら75万人が、一斉に「溜まったマイルでハワイに行こう」と考えたとします。
75万人 × 5回分 = 375万席分の需要(潜在需要)

絶望的な「椅子取りゲーム」倍率

対して、供給(Supply)はどうでしょうか?

需要サイドを見てみましょう。記事3の詳細な計算によれば、ANAとJALが提供できるハワイ路線の特典航空券枠は、年間で約60万席が限界です。(全座席の5〜10%開放と仮定)

  • 需要(上位1%のみ): 375万席
  • 年間供給: 60万席
  • 倍率: 6.25倍
結論:
一般会員(残り99%)が参戦する以前の問題です。
上位1%の資産(マイル)だけで、向こう6年分のハワイ便特典枠はすでに数学的に「完売」しているのです。
これが、あなたが予約画面で常に「空席待ち」を見せられる理由であり、355日前の朝9時にクリック競争に負け続ける、抗いようのない物理法則です。

世界の答え合わせ:デルタ航空が見せた「2030年の景色」

日本国内だけを見ていると「改悪だ!」「枠を増やせ!」と航空会社を責めたくなります。
しかし、世界に目を向ければ、この「借金爆発」と「座席不足」のバグに対する答えは、すでに出ています。
それが、アメリカの巨人・デルタ航空が5年前に断行した「スカイマイルの大改革」です。

デルタ・モデル:「マイル」から「通貨」へ

デルタは、特典航空券チャート(一覧表)を完全に廃止しました。
「日本〜ハワイ=4万マイル」という固定相場を捨て、ダイナミックプライシング(変動制)へ移行したのです。

現在のデルタ航空のルール(イメージ):

  • 上位1%の「富裕層」:優遇され続ける
  • 下位99%の「一般客」:ただの数字になる

つまり、「1マイル=1セント(約1.5円)」に価値を固定(ペグ)したのです。
これによって何が起きたか? 2つの側面があります。

Dynamic Pricing Chart: Mileage cost following cash price consistently
図:変動相場制への移行イメージ(1マイルの価値は固定化される)

【悲報】錬金術の終焉(The End of Magic)

「1マイルの価値を10円〜15円に高めて、ファーストクラスに乗る」
マイラーが愛してやまないこの「錬金術」は死にました
1マイルは1円〜1.5円。それ以上でもそれ以下でもない。これなら、正直マイルを貯めるより、高還元のキャッシュバックカードを使ったほうがマシかもしれません。

【朗報】ブラックアウトの撤廃(The End of Blackout)

その代わり、画期的なことが起きました。
「特典航空券の枠(Inventory)」という概念が消えたのです。
現金で買える席がある限り、マイルでも必ず買えます。ブラックアウト(除外日)はありません。
お盆のハワイ、年末のニューヨーク。30万マイル、50万マイルと必要数は跳ね上がりますが、「持っていれば必ず乗れる」ようになりました。

ANA・JALは追随するか?

航空会社にとって、マイルで飛ぶ一般客は、もはや「コスト」でしかありません。
ブラックアウト(特典航空券の利用不可期間)が復活するか、必要マイル数が変動制(実質無限)になり、「お得に飛ぶ」という魔法は終わりを迎えるでしょう。

  • JAL「特典航空券PLUS」: 基本マイルで取れない場合、追加マイルを払えば席が取れる制度。実質的な変動制への移行です。
  • ANA「シーズン制の細分化」: L(ロー)〜H(ハイ)の区分けによる実質値上げ。

2030年、マイルは「一攫千金の宝くじ」ではなく、「SuicaやPayPayのような、ただの航空系電子マネー」になります。
「マイルで得をする」時代の終わり。「マイルが確実に使える」時代の始まり。
これを「改悪」と呼ぶか「正常化」と呼ぶかは、あなたのスタンス次第ですが、確実なのは「もう夢は見られない」ということです。

ステータスの終焉:SFC・JGCは「定額課金」へ

delta
デルタカード
デルタ スカイマイル アメックス 世界を軽やかに飛び回る人の、スマートな選択。デルタの空へ、一歩近づく準備を。 ...

マイルだけでなく、「上級会員ステータス」の未来も見ておきましょう。
日本のマイラーを熱狂させてきた「SFC(スーパーフライヤーズカード)」と「JGC(JALグローバルクラブ)」。
一度修行して解脱すれば、クレジットカード年会費だけで一生涯ラウンジが使えるという「既得権益の最高峰」です。

しかし、この聖域も崩壊しつつあります。

ラウンジは「芋洗い」状態

記事4で検証した通り、日本の空港ラウンジはもはや「安居酒屋」並みの人口密度です。
原因は明らか。SFC/JGC会員が増えすぎたことと、プライオリティ・パスの普及です。

世界のトレンド:ステータスは「買う」もの

欧米の航空会社(ユナイテッド航空など)やホテルチェーン(マリオット、ヒルトン)では、ステータスの基準が「飛んだ回数」から「使った金額(利用額)」へと完全にシフトしています。
さらに、「サブスクリプション」や「高額提携カード」によるステータス付与が主流です。

  • ブリティッシュ・エアウェイズ: 毎月のサブスク料を払えばAvios(マイル)とステータスポイント付与。
  • マリオット・ボンヴォイ: 年会費7万円〜のカードを持てば、泊まらなくてもゴールド/プラチナエリート。

JALが2024年から開始した「JAL Life Status プログラム」は、まさにこの流れです。
飛行機に乗るだけでなく、JALカードでの決済、JALでんき、JALふるさと納税……これら「経済圏」への貢献度でステータスが決まる。
もはや「修行僧」が飛行機で何往復もしなくても、富裕層がカードを一回切ればステータスが手に入る時代です。

2030年の予言:
SFC/JGCという「永年会員制度」は、何らかの形で是正(改悪)されるか、特典内容が大幅にグレードダウンするでしょう。
ラウンジ入室には「生体認証(顔パス)」が導入され、会員ランクやその時の運賃クラスによって、通されるエリア(または入室可否自体)が冷徹にAI判定されるようになります。

シリーズ総括:それでも私たちは旅に出る

ここまで読んで、「なんだ、もうマイルにもステータスにも夢がないのか」と肩を落としましたか?
マイルはインフレし、ステータスはお金で買える陳腐なものになり、ハワイの特典枠は空かない。

逆です。ここからが面白いのです。
システムが最適化され、隙がなくなったように見える世界だからこそ、「バグ(歪み)」を見つけた時の快感は大きい。
Cinemile流の「2026年以降の歩き方」を提示して、この連載を締めくくります。

戦略1:人の行かない「聖地(ロケ地)」を攻めろ

なぜハワイが取れないのか? みんなが行くからです。
なぜパリが取れないのか? 『エミリー、パリへ行く』を見て、みんなが行くからです。

ならば、私たちは視点をずらしましょう。
映画好きなら、行くべき場所はもっと他にあります。

  • 『ロード・オブ・ザ・リング』: ニュージーランド(オークランド/クライストチャーチ)。ANAの直行便もありますが、ニュージーランド航空の経由便なら特典枠は意外と空いています。
  • 『ダークナイト』: 香港。キャセイパシフィック航空(ワンワールド)のマイルを使えば、JALマイルで極上のラウンジ体験と共にアクセス可能です。
  • 『007 スカイフォール』: スコットランド。ロンドン(ヒースロー)は諸税が高いので、あえて欧州他都市を経由してエディンバラへ入るルートを開拓する。

「マイルで行ける場所に行く」のではなく、「行きたい場所へ行くために、どのルートならマイルが使えるか」をパズルのように組み立てる。これこそが旅の醍醐味です。

戦略2:マイルに固執せず「ハイブリッド」に生きる

1マイル=1円にしかならないなら、LCCに乗ればいいのです。
ZIPAIRなら、JALマイルを1マイル=1.5円相当のポイントに変えて支払いに充てられます。
燃油サーチャージも不要。座席指定も食事も自分の好みで選べる。
「特典航空券でなければ負け」というマイル原理主義を捨てた瞬間、世界は一気に広がります。

浮いたお金で、現地のホテルをアップグレードしたり、特別なツアーに参加したりする。
「移動はミニマム(LCC/エコノミー)、体験はマキシマム(ラグジュアリー)」
これこそが、賢い大人の旅のスタイルです。

戦略3:「情報」という最強の武器を持つ

航空会社のルールは、常に改変(改悪)され続けます。
しかし、改悪の裏には必ず新しい「抜け道」や「甘い汁」が生まれます。

Marriott Bonvoy Amex Premium Card
2030年のサバイバルナイフ:複数の航空会社への交換パスポートを持つ

一つの航空会社、一つのポイント経済圏に依存するのはリスクです。
複数の手札を持ち、状況に合わせてカードを切る。
情報感度を高め、常に「あ、今はこっちがお得だ」と身軽に乗り換えるフットワークを持つこと。
それさえあれば、2030年がどんなディストピアになろうとも、私たちは賢く、お得に旅を続けられます。

全11回の旅を終えて:Bon Voyage

Traveler finding the glowing emergency exit in a dark terminal
図:閉ざされたゲートの脇にある「知識」という名の非常口

長旅にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
この「マイレージの死骸を超えて」シリーズは、あなたから「マイルへの過度な幻想」や「ステータスへの盲信」を奪い取ったかもしれません。
しかし、その代わりにお渡ししたかったのは、「航空会社のマーケティングに踊らされず、自分の頭で考え、自分の足で飛ぶための地図」です。

世界は広いです。
スクリーンの中で見たあの景色、あの匂い、あの空気。
それらは、予約画面の「×」印の前でため息をついているあなたの元には決してやってきません。

マイルなんて、所詮は電子データです。
貯め込むものではなく、燃やして(使って)なんぼの燃料です。
さっさとポイントを航空券に変えて、あるいはLCCのセールチケットを握りしめて、空港へ向かいましょう。

2030年の未来がどうなるか、誰にもわかりません。
でも、僕らが「旅に出たい」と願う気持ちだけは、どんなインフレも奪えないはずです。
ここまで連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。
地図は頭に入りましたね? さあ、次は空港でお会いしましょう。
Bon Voyage.


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