
はじめに:愛すべき「歪み」の終着点
「マイル愛は、入っていますか?」
読者からそう問われたら、僕は迷わず「YES」と答える。
この連載(Vol.1〜Vol.5)で、僕は散々、航空会社の冷徹なビジネスモデルや、監視資本主義の恐ろしさを暴いてきた。
「マイルは借金だ」「あなたは養分だ」「デジタル農奴だ」。
そんな言葉を並べ立てた。
けれど、それでもなお、僕はこの歪んだシステムを愛している。
なぜなら、マイルとは「資本主義のバグ」であり、持たざる者がシステムに一矢報いることができる、現代に残された数少ない「魔法」だからだ。
最終回となるVol.6では、これから訪れる厳しい未来(大改悪時代)を直視しつつ、それでも僕らがこのゲームを降りない理由、そして「マイルというロマン」の正体について語りたい。
2030年問題:マイルの「特異点」と1マイル=1円への収束
まず、現実を見よう。
マイルの世界には、避けられない破滅的な未来が待っている。
それが「1マイル=1円」への収束だ。
これまでのマイルの魅力は、「レバレッジ(テコ)」が効くことだった。
「100円の決済で貯めた1マイルが、ビジネスクラスで使えば10円〜15円の価値になる」。
この「価値の増幅(錬金術)」こそが、僕らを熱狂させてきた。
しかし、航空会社(特にデルタやユナイテッド)が進めている「ダイナミックプランニング(変動制)」は、このレバレッジを無効化する。
「航空券が10万円なら、10万マイル必要です」。
こうなったら、マイルはただの「楽天ポイント(1ポイント=1円)」と同じになってしまう。
日本のJALやANAも、ゆっくりと、しかし確実にこの北米モデル(North Americanization)に近づいている。
「特典航空券PLUS」や「変動マイル制」の導入はその予兆だ。
2030年頃には、おそらく「ファーストクラスで世界一周」といったような、極端にお得なルート(バグ技)は全て塞がれているだろう。
改悪の「三本の矢」:ダイナミックプライシングがもたらす1マイル=1円の世界
具体的に、どのような未来が待っているのか。
北米の事例(デルタ・ユナイテッド・アメリカン)を見れば、それは「三本の矢」として飛んでくる。

- ダイナミックプライシング(変動制):
「GWのハワイは安くても往復20万マイル」。
これにより、「1マイルの価値」が「1円〜1.5円」に固定される。夢のビジネスクラス(1マイル=10円)は消滅する。 - 座席枠のステルス縮小(Seat Scarcity):
航空会社は、AIを使って「現金で売れる席」を極限まで予測する。
「この席は当日までに必ず現金30万円で売れる」とAIが判断すれば、特典枠には開放されない。
結果、マイルで取れるのは「平日の不人気路線」だけになる。 - インフレ(必要マイル数の高騰):
かつて6万マイルで行けた場所が、気付けば8万、10万マイル必要になる。
これは金融緩和による現金のインフレと同じだ。マイルを刷りすぎた航空会社は、静かにその価値を切り下げる。
この「北米化(North Americanization)」の波は、太平洋を越えて必ず日本にもやってくる。
JALの「特典航空券PLUS」は、まさにその第一波だ。

生存戦略:英語圏への亡命と「マイル・リテラシー」

では、座して死を待つのか?
いや、抜け道はまだある。
日本の「改悪」から逃れるための唯一の手段。
それは、Vol.2で見た「外資系航空会社への亡命」だ。
アラスカ航空、ブリティッシュ・エアウェイズ、あるいは中東系エアライン。
彼らのプログラムは、まだ「古き良き時代のバグ」を残していることが多い。
「日本国内線なのに、JALで取るよりBA(ブリティッシュ・エアウェイズ)のマイルで取った方が少ないマイルで乗れる」といった逆転現象は、今も起きている。
これからのマイラーに必要なのは、JAL/ANAに依存しない「金融リテラシー」ならぬ「マイル・リテラシー」だ。
英語の規約を読み解き、世界の航空会社の提携関係(アライアンス)を理解し、最も有利なルートを瞬時に計算する。
その「知恵」を持つ者だけが、2030年以降も甘い果実を食べ続けることができる。
「消費者」になるな、「ゲーマー」になれ
ここで重要なマインドセットがある。
それは、マイル制度を「航空会社のサービス」として受け取るのではなく、「攻略すべきゲーム」として捉えることだ。
- 消費者: 航空会社のルールに従い、文句を言いながら改悪を受け入れる。
- ゲーマー: ルールの穴(バグ)を探し、システムが予期しない挙動(裁定取引)を利用して利益を得る。
我々は「消費者」であってはいけない。
相手は巨大なアルゴリズムと金融資本だ。
彼らが仕掛けてくるルール変更(パッチ)を読み解き、裏をかく。
マリオカートのショートカットを見つけるように、最適解を見つけ出す。
その「ハッカー精神」こそが、これからのマイラーに求められる唯一の資質なのだ。
Data Box: 2030年に生き残るための生存戦略
| 項目 | 敗者の戦略 (Loser) | 勝者の戦略 (Winner) | 必要なリテラシー |
|---|---|---|---|
| 貯める対象 | JAL/ANAマイル一本 | 外資系・ホテルポイント (Marriott/Hyatt) | 為替・英語力 |
| 交換レート | 1マイル=1円 (電子マネー) | 1マイル=5円〜10円 (国際線特典) | 裁定取引 (Arbitrage) |
| 思考回路 | 「航空会社が守ってくれる」 | 「ルールは自分でハックする」 | ゲーム理論 |
| ステータス | 修行で無理やり取る | クレカでスマートに買う | 資本論 |
| マインド | 受動的 (Consumer) | 能動的 (Hacker) | 独立自尊 |
なぜ、それでも貯めるのか?:0円の翼と心理的安全性
ここからが本題だ。
改悪され、監視され、養分にされると分かっていて、なぜ僕らはまだマイルを貯めるのか?
それは、マイルが「可能性(Possibility)」そのものだからだ。
銀行口座にある「100万円」は、あくまで「生活のための金」だ。
家賃を払い、食費を払い、老後のために取っておく。それは「現実」に縛られた金だ。
しかし、マイル口座にある「10万マイル」は違う。
それは家賃の支払いには使えない。コンビニ弁当も買えない(買えるけど、レートが悪いから買わない)。
その代わり、それは「非日常への片道切符」にしか変わらない。
マイルを持った瞬間、僕らの脳裏には「妄想(Mousou)」が広がる。
「このマイルで、ニューヨークのジャズバーに行けるかもしれない」
「タヒチの水上コテージで昼寝ができるかもしれない」
「映画で見たあの砂漠に立てるかもしれない」
たとえ実際に行かなくてもいい。
「行こうと思えば、いつでも行ける権利を持っている」。
この感覚こそが、閉塞した日常を生きる僕らの、心の酸素ボンベなのだ。
0円の翼
僕がマイルを愛する最大の理由は、それが「金持ちだけの特権ではない」からだ。
現金でビジネスクラスに乗れるのは、成功者だけだ。
しかし、マイルなら。
スーパーの特売でポイントを貯め、キャンペーンを駆使し、知恵と工夫を凝らせば、年収300万円の若者でも、ファーストクラスのシートに座ることができる。
隣の席には企業のCEOが座っているかもしれない。
その瞬間だけ、資本主義の階級(クラス)は崩壊する。
マイルとは、システムがうっかり残してしまった「裏口(Backdoor)」だ。
その裏口から、見たこともない世界へ飛び出す。
そんな痛快な逆転劇を、僕は愛してやまないのだ。
心理的安全性としてのマイル
不思議なことに、大量のマイルを持っていると、人は精神的にタフになれる。
仕事で理不尽な目に遭っても、上司に怒鳴られても、心のどこかでこう思えるからだ。
「まあいいか。俺にはいつでもファーストクラスでロンドンに逃げるだけのマイルがあるし」
実際に逃げるかどうかは関係ない。
「その気になれば逃げられる」という「退路(Exit)」が確保されていることが、現代社会を生き抜くための最強の精神安定剤になる。
マイルとは、資本主義という牢獄の中で、私たちが隠し持っているの「脱獄用のスプーン」なのだ。
[Futurist View] 通貨から信用へ:ポイントの終焉
しかし、最後に冷静な予測もしておこう。
遠くない未来、おそらく「ポイント(数字)」そのものが意味を持たなくなる時代が来る。
JALの「Life Status」が示したように、企業は「今持っているポイント数」ではなく、**「その人の信用スコア(Credit)」**を見るようになるからだ。
「100万マイル持っています」という人より、「10年間、毎月確実にJALカードを使ってくれています」という人の方が優遇される。
ブロックチェーンやAIによる信用スコアリングが進めば、マイルという「代理変数」は不要になるかもしれない。
その時、僕らの「攻略法(ハッキング)」もまた、通用しなくなるだろう。
だが、それでもいい。
システムが変われば、また新しい攻略法が生まれるだけだ。
人間が「非日常」を求める限り、そして企業が「顧客の欲望」を利用しようとする限り、このイタチごっこは永遠に続く。
そして僕らは、その隙間で逞しく生き続けるだろう。
まとめ:空を見上げる君へ
航空会社がどれだけAIを導入し、アルゴリズムで囲い込もうとしても、僕らの「旅への衝動」までは管理できない。
例えば、深夜にふとアプリを開き、特典航空券の空席検索をする瞬間。
「イスタンブール行きのビジネスクラス、残り1席」
その表示を見た瞬間の動悸。
まだ予約ボタンも押していないのに、脳内ではすでにボスフォラス海峡の風を感じている。
この「瞬発的な高揚感(ドーパミン)」こそが、マイルの真の価値だ。
現金で買う旅行は「消費」だが、マイルで狙う旅行は「冒険」だ。
そこには、狩猟採集民だった頃の「獲物を仕留める喜び」がある。
JALの「Life Status」も、ANAの「経済圏」も、所詮は道具だ。
使われるのではなく、使い倒せばいい。
彼らがばら撒くポイントを貪欲にかき集め、彼らが想定もしなかったようなルートで、世界中を飛び回ってやればいい。
「マイルなんて、どうせ改悪されるんでしょ?」
そう言って斜に構えるのは簡単だ。
でも、僕は最後まで悪あがきを続けたい。
スマホの画面に表示された、積み上がったマイルの数字。
それは単なるデータではない。
かつての僕らが憧れた、冒険への地図であり、「まだ見ぬ世界への距離」だ。

世界はまだ、驚くほど広い。
(完)




コメント